第4章 シーボルトの⻑崎歳時記<10⽉>
シーボルトお抱えの⽇本⼈絵師 川原慶賀は、江⼾時代の⻑崎の⾵景、⽂化、動物、植物などを細やかに描き、シーボルトの傑作三部作『⽇本』、『⽇本植物誌』、『⽇本動物誌』のベースとなる絵を数多く残しました。本ページでは、シーボルトが⻑崎を描かせた美しい図版と、⻑崎の季節のストーリーを結びつける「シーボルトの⻑崎歳時記」を展覧します。
紅葉⾊づき、しゃぎり鳴る⻑崎の<10⽉>の⾵物詩をお楽しみください。
◆季節の⾏事|⻑崎くんち
【⻑崎随⼀の豪華絢爛な⾵流 ⻑崎くんち】
⻑崎の総⽒神 諏訪神社の秋の⼤祭 ⻑崎くんちは、元々は江⼾時代の重要なキリシタン対策として始まりましたが、⻑崎随⼀の豪華絢爛な⾵流として⼈々の熱狂を集め、本作においてもスタジアムのような⼤変賑やかな様相を呈しています。国際貿易港として国内外問わず交流のあった⻑崎では、堺(淡路)の「太⿎⼭」、唐津の「鯨の潮吹き」、中国の「⿓踊り」、オランダの「阿蘭陀船」など、異国情緒豊かな演し物も積極的に取り⼊れて、絶えず観客を楽しませました。この⽇は特別に出島の⻄洋⼈も⾒物することが許可されたことから、シーボルトにとっても特に印象深いイベントとなったようで、著作『⽇本』には⻑崎くんちに関する数枚の図版やメモを残しています。
【まちの粋をあらわす傘鉾 ⻑崎刺繍】
⻑崎くんちのまちのプラカードとも呼べる傘鉾には垂れという布をまとわせますが、とりわけ豪奢なものが中国と⽇本の技術を駆使した⻑崎刺繍。代表作には諏訪町「諏訪の⽩狐と稲妻」、⻄浜町「中国姑蘇⼗⼋景図」、万屋町「⿂尽し」などがあり、「⿂尽し」は現在唯⼀の⻑崎刺繍職⼈ 嘉瀬照太⽒によって2013年に新調され、今にも動き出しそうなタイ、フグ、イセエビなどの⿂介たちが鮮やかに甦っています。シーボルト・コレクションには壮麗華美な⻑崎刺繍があしらわれた⻑崎くんちの⾐装(筒袖の法被5点、振袖の法被4点、前掛け7点)が収蔵されており、⻑崎の裕福な⼦どもたちが着⽤していたものと⾔われています。
◆季節の⿂|サバ
【⾷欲の秋 脂がとろけて⾹ばしい 秋サバ】
たっぷりと脂が⾝に染み渡って旨味を増す秋サバ。鮮度が落ちやすく、刺⾝で⾷べるのは限られた地域で、塩や酢で〆るか、⾹ばしく焼き上げるのが⼀般的。江⼾時代、福井から京都までの道は“鯖街道”と称され、傷みやすいサバを塩漬けにして都に輸送するとちょうど良い塩加減になり、海のない京都で鯖寿司⽂化が育まれました。当時、⽇本近海で⼤量に漁獲されたサバは、鮮度が落ちないうちに急いでいい加減に計数されたことから、数をごまかす「サバを読む」の語源にもなりました。
【変幻⾃在! ⻑崎サバグルメ】
サバの漁獲量⽇本随⼀の⻑崎では、変幻⾃在のサバグルメが味わえます。⻑崎の伝統柑橘ゆうこうを利⽤して養殖される“⼾⽯ゆうこうサバ”は市内の飲⾷店で提供されており、クセがなくまろやかな味わいの刺⾝はもちろん、脂がとろけるしゃぶしゃぶもオススメ。また⻑崎の⽼舗料亭 吉宗は茶碗蒸しが有名ですが、酢飯と酢締めサバ、⽢酢で煮た⽩板昆布を重ねた押し寿司“バッテラ”も⼈気メニュー。カフェなどで販売されている、新・ご当地グルメ“サバサンド”も是⾮ご賞味ください。
◆季節の植物|ツワブキ
【⽇本の美を描く、晩秋のシンボル】
花の季節は、10⽉〜12⽉。東北南部から沖縄まで分布し、海岸線などに⾃⽣する常緑多年草で、キクのような⻩⾊い花を咲かせます。シーボルトの覚書には、「絵画や漆器類には、晩秋のシンボルとしてツワブキがよく描かれているのを⽬にする。」と記され、植物によって季節をあらわす⽇本情趣への気づきを書き残しています。変種のオオツワブキについても⾬宿りができるほどに⼤きな葉が浮世絵の⼤家 葛飾北斎によって描かれているとして興味を持つとともに、その絵が収録されている北斎漫画も⾃らのシーボルト・コレクションに加えています。
【シーボルト『⽇本植物誌』オオツワブキの本⽂覚書より】
これは本州の北緯四○度あたりに位置する出⽻国に⾃⽣する植物で、その根⽣葉は⼆・〇から四・九メートルという異常な⾼さに達する。尾張の学識⾼い植物学者である伊藤圭介は、⼀枚の葉がその最も幅の広いところで⼀・六メートルにも達する例があることを我々に教えてくれた。要するに、江⼾の絵師 葛飾北斎が⾃然の中の異様な物を描いた画帳の表紙を飾っている絵は、誇張でなかったよに思われる。この表紙の絵には、オオツワブキの茂みが描かれているが、葉はどれも⾼さ三・九メートルほどの根⽣葉で、その下で農夫が数⼈、⾬宿りをしている絵柄である。
[付記]葉群れで農夫が⾬宿りするほどに⼤きくなる出⽻の国のオオツワブキとは、別種のフキの変種とされるアキタブキのことである。