第4章 シーボルトの⻑崎歳時記<7⽉>
シーボルトお抱えの⽇本⼈絵師 川原慶賀は、江⼾時代の⻑崎の⾵景、⽂化、動物、植物などを細やかに描き、シーボルトの傑作三部作『⽇本』、『⽇本植物誌』、『⽇本動物誌』のベースとなる絵を数多く残しました。本ページでは、シーボルトが⻑崎を描かせた美しい図版と、⻑崎の季節のストーリーを結びつける「シーボルトの⻑崎歳時記」を展覧します。
⻑⾬が過ぎて、満天の星空が広がる⻑崎の<7⽉>の⾵物詩をお楽しみください。
◆季節の⾏事|七⼣
【習い事や芸事の上達を願う 乞巧奠(きこうでん)】
本作は、7 ⽉6 ⽇の「七⼣の待夜」を描いたもので、机にそうめんやスイカなどを供物として並べて、短冊に願いを書きつける様⼦が描かれています。七⼣の原型である「乞巧奠」は、織姫星が夜空に輝く7 ⽉7 ⽇の夜、⽷や針の仕事を司る織姫あやかり、習い事や芸事などの上達を願う年中⾏事でした。江⼾時代の⻑崎では、七⼣の夜、習い事の師範などの家では⽣徒たちに卓袱料理を振る舞って、琴や三味線を鳴らしては芸事の上達を願い、⼤いに賑わったと⾔います。
【七⼣がつなぐ、“そうめん”と“マファール(よりより)”】
古代中国、帝の⼦が7⽉7⽇に熱病で亡くなり、悪霊となって病を流⾏らせましたが、⽣前の好物索餅(さくべい)を供えて鎮めたという伝説から、索餅は無病息災を願う⾏事⾷となりました。後に索餅が⽇本に伝来し、そうめん誕⽣のルーツとなったこと、そうめんが織姫の使う⽷に⾒⽴てられたことから、そうめんは七⼣の⾏事⾷として定着しました。実はこの索餅、⻑崎の唐菓⼦ マファール(よりより)によく似たもので、そうめんとマファールは意外な関係性でつながっています。
◆季節の⿂|ハモ
【暑気払い、滋養強壮の祭鱧(まつりはも)】
京都の祇園祭(別名:鱧祭)に⽋かせない⾼級⿂ハモ。ウナギ⽬ハモ科に属し、⽣命⼒が⾼く⽪膚呼吸ができることから、活⿂として内陸の京都に持ち込むことができ、重宝されました。滋養強壮に優れること、⻑いことから⻑寿の縁起があり、夏バテ解消の暑気払いの料理として振る舞われます。ビュルガーの報告においても、「⽇本南⻄海岸ではありふれた⿂ですべての港や湾で⼤量に捕獲される。その後この⿂があまりいない北部に、とくに⼤阪に運ばれる、特別に設計された船によって⽣きたまま輸送されるのである」と記され、古くから関⻄での需要が⾼いことが分かります。
【梅⾬を越えて旨みを増す、涼やかな⽩い花】
ハモは「梅⾬の⽔を飲んで美味しくなる」とも⾔われ、7⽉に旬を迎えます。ハモは⼩⾻が全⾝に広がっているため、熟練の職⼈が⽪⼀枚を残してザクザクと細かく⾻切りをする必要があります。⾻切りしたハモを湯引きして、⽩い花のようにふわっと開いた⾝を、梅⾁でさっぱりいただくのも夏らしい⾷し⽅。実は⻑崎もハモの⼀⼤産地で、茂⽊・⼾⽯地区で漁獲されたものの多くは京都に出荷されますが、旬の時期には⻑崎市内の料亭で鮮度の良いハモ料理を堪能できます。
◆季節の植物|ハマボウ
【夏を告げる、和のハイビスカス】
花の季節は、7⽉。⽇本固有種の野⽣のハイビスカスで、三浦半島以⻄から九州まで分布し、潮が⼊り込む砂泥地に⾃⽣します。朝に咲き、⼣⽅には咲き終わる「⼀⽇花」で、淡い⻩⾊の花びらと⻘空のコントラストが、⽇本の夏の訪れを告げます。⻑崎県内では九⼗九島⼀帯の海岸に広がるハマボウが有名ですが、⻑崎市内でもシーボルト記念館の⽚隅で毎年花を咲かせます。
【シーボルト『⽇本植物誌』本⽂覚書より】
⾼さ⼆・〇から⼆・三メートルの低⽊で、幹は真っ直ぐ伸び、枝もまた同様である。葉は円形で、先は尖り、表⾯は⽩い綿⽑でおおわれている。⻩⾊い⼤輪の花は底部が⾚褐⾊で、鑑賞植物の⼀つに数えられる。実際、⽇本では、この植物をそこかしこで⽤いているのである。六⽉から七⽉にかけて花をつけ、九⽉には果実が熟す。野⽣状態のものは、まれにではあるが、海辺で⾒ることがある。